18時00分羽田発、18時56分伊丹着。

 


それは、暑い夏の日でした。

寺西君が、大学を卒業して就職した年、
はじめての帰省のことでした。

大阪の下町の高校で一緒に青春時代を過ごし、
彼は、いつも陸上部のエースでした。


大学を出て、東京で就職し、
どんだけ帰阪して、実家の人に会えるのを
楽しみにしていたことでしょう。

彼は夏休みをとり、キャンセル待ちで
18時00分羽田発、18時56分伊丹着の飛行機に乗りました。

 

  彼の分まで、命が尽きるまで生きる。

 

乗員乗客524名のうち520名、生存者は4名。
『日航機墜落事故』『日航ジャンボ機墜落事故』
テレビに映し出された事故にあわれた方の名前の中に
彼の名前があった時は、目を疑いました。


日本航空JAL123便 1985年8月12日午後6時56分
御巣鷹の尾根の映像をみると、
彼のことを思い出します。


あの混乱の32分(事故発生から墜落までの時間)の中で、
彼は、何を見て何を感じ何を残し何を伝えようと
思ったのでしょうか?


  もし、私なら?
  もし、あなたなら?

 

 

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このページは、道端俊彦が2008年8月12日 09:24に書いたブログ記事です。

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