明日は、メタボ検診(特定健康診査)です。
特定健康診査は、国民健康保険を運営する市区町村、
会社の健康保険組合などで義務付けされており、
40歳~74歳の健康保険加入者は必ず受けなければなりません。
なんか久しぶりの検診で、どきどきします。
しかも明日の検診まで、絶食!!
食べれないと分かると、余計にお腹が空くのは、私だけ!?
明日は、メタボ検診(特定健康診査)です。
特定健康診査は、国民健康保険を運営する市区町村、
会社の健康保険組合などで義務付けされており、
40歳~74歳の健康保険加入者は必ず受けなければなりません。
なんか久しぶりの検診で、どきどきします。
しかも明日の検診まで、絶食!!
食べれないと分かると、余計にお腹が空くのは、私だけ!?
今日、高校の同窓会のゴルフコンペがありました。
だれも、人を傷つけない。
仲間を大切に想う。
悪口も言わない。
いつも笑顔。
心から仲間を賞賛する。
本当に、会うだけで笑顔になれる。
そんな仲間が私には、います。
ともだちが、いないと今の自分はなかったように
本当に想っています。
ありがとう。
今日のランチは、ちょっと贅沢して、
フレンチでした。(いつもはローソンの冷麺ですが・・・)
その店の入り口に、つばめが巣をしていました。
4~5匹くらいのヒナがないていました。
私を敵とみて、親のつばめが急いで巣の回りに戻ってきました。
親って、凄いね。
最近、ニュースで暗い事件が多いので、
こんなつばめの親子が、人に教えてくれることって、
大切ですね。
私も、みんなも子供を守りましょうね。
大きくなっても、子供は子供。
はい、私も子供です(笑)
私が通っていた高校は、男子校で校則も厳しく、
靴も決められていました。
黒い革靴でした。
でも、私の靴はいつもピカピカ。
友達のどの靴より、いつも光っていました。
なぜいつもキレイになっていたかは、最初はぜんぜん気がつきませんでした。
毎晩、親父が私の皮靴を磨いてくれていました。
そして、今子供達が高校に通い、皮靴をはいて学校へ行っています。
私は、子供達が元気に学校に通って、
無事家まで、子供達を連れて帰ってくれる靴に感謝して、
今晩も子供達の靴を磨きます。
昨日は、ご近所にできていた居酒屋さんに、
友人の電気屋さんと一緒にでかけました。
そのお店は、ご夫婦とアルバイトさん1名でさせている小さなお店です。
営業時間は、夜11時までで居酒屋さんとしては、
比較的早くに終うお店でした。
私達は、10時に入り、あと1時間もあれば
話もお食事も楽しめると考えていました。
10時30分を過ぎても
11時を過ぎても
まだまだお客さんが、その居酒屋さんを訪れます。
アルバイトさんは、もう帰って経営者のご夫婦だけになっても
いつも笑顔でした。
商売をしていたら、こんな当たり前ですが、
店側の都合で考えるのではなく
お客様のおもてなしを考える基本を再認識いたしました。
これって、『ディズニーランドのお子様ランチ』のお話と通じる部分がありますよね。
↓↓↓
東京ディズニーランドの中にあるレストランでのお話。
若い夫婦が二人でそのレストランに入りました。
店員はその夫婦を二人がけのテーブルに案内し、
メニューを渡しました。
するとその夫婦はメニューを見ずに
「お子様ランチを2つ下さい。」
とオーダーしたのです。
店員は驚きました。
なぜなら、ディズニーランドの規則で、
お子様ランチを提供できるのは
9歳未満と決まっているからです。
店員は、
「お客様、誠に申し訳ございませんが、
お子様ランチは9歳未満のお子様までと
決まっておりますので、
ご注文はいただけないのですが...」
と丁重に断りました。
すると、その夫婦はとても悲しそうな顔をしたので、
店員は事情を聞いてみました。
「実は...」
と奥さんの方が話し始めました。
「今日は、亡くなった私の娘の誕生日なんです。
私の体が弱かったせいで、娘は最初の誕生日を迎えることも
出来ませんでした。子供がおなかの中にいる時に主人と
"3人でこのレストランでお子様ランチを食べようね"
って言っていたんですが、それも果たせませんでした。
子どもを亡くしてから、しばらくは何もする気力もなく、
最近やっと落ち着いて、亡き娘にディズニーランドを見せて
三人で食事をしようと思ったものですから...」
店員は話を聞き終えた後、
「かしこまりました」
と答えました。そして、その夫婦を二人掛けのテーブルから、
四人掛けの広いテーブルに案内しました。
さらに、
「お子様はこちらに」
と、夫婦の間に子供用のイスを用意しました。
やがてそのテーブルには、お子様ランチが3つ運ばれてきました。
その店員は笑顔でこう言いました。
「ご家族で、ごゆっくりお過ごし下さい」
この夫婦から後日届いた感謝状にはこう書かれていました。
「お子様ランチを食べながら、涙が止まりませんでした。
まるで娘が生きているように、家族の団らんを味わいました。
こんな体験をさせて頂くとは、夢にも思っていませんでした。
もう、涙を拭いて、生きていきます。
また来年も再来年も、娘を連れてディズニーランドに行きます。
そしてきっと、この子の妹か弟かを連れて行きます。」
さて、この店員の行動は明らかに規則違反です。
しかし、この行動について上司からお咎めを受けることは
ありませんでした。なぜなら、この店員はディズニーランドが
最も重要視しているルールに従って行動したからです。
それはお客さんに夢と感動を与えること。
昨日は、久しぶりに早く帰宅しました。
もう陽が長くなってきたので、
少しバイクを乗ってみようとしたとき。
(私の愛車のバイクは、BMW R1100Rです)
キュルル、キュルルーー
なんとエンジンがかからない。
チョークを引いても...。
ヤバイ!!!!!
考えてみると、3週間も仕事ばっかりで、
エンジンをさえもかけてなかった。
そりゃー、機嫌も悪くなりますよね。
みんなは、大切な人を大切にしていますか?
PS ちなみ愛車は、1週間バイク屋さんへ入院になりました(涙)
高橋克典さん主演日テレドラマスペシャル
「課長島耕作」 番組を今日みました。
原作/弘兼憲史「課長 島耕作」
会社勤めしていたとき、「課長 島耕作」は私のバイブルのようなものでした。
(島耕作のようには、モテませんでしたが。)
そういえば、課長島耕作の成功方程式という本も読んだ気がします。
会社勤めをしていたら、保身やセクショナリズム、派閥いろんなことが
ありますよね。
単なる漫画としては、扱えない漫画でした。
貴方の中に、島耕作はいますか?
相田みつをさんの作品で大好きなものに、
「自分の番 命のバトン」があります。
父と母で二人
父と母の両親で四人
そのまた両親で八人
こうしてかぞえてゆくと
十代前で 千二十四人
二十代前では・・・・?
なんと百万人を越すんです
過去無量の
いのちのバトンを受けついで
いまここに
自分の番を生きている
それが
あなたのいのちです
それがわたしの
いのちです。
一日に飢餓で亡くなる子供が世界で3万5000人らしいです。
今日、ベストを尽くしましたか?
もうやり残したことないですか?
実は、この週末奈良のゴルフ場で、
高校の同窓会ゴルフコンペがあります。
大学卒業後から、続いていますので
もう23年です。
男子高だったので、いつもバカばっかりやっていて、
いつも先生に叱られていました。
会えば、すぐに高校生の頃に戻っていきます。
当然、ゴルフをやっていても、友達より1インチでも遠くに飛ばそうとしたり、
一打でも良いスコアを競い合ったり...。
いいですよね、友達って。
高校時代、ぜんぜん話もしなかった人とも仲良しになったり、
利害関係のない友人って人生を豊かにしますよね。
さぁ、ゴルフの練習でもしないと、
でもまだ先週の100kmウォーキングの筋肉痛が...。
でも、やる!
ありがとう。
そんな言葉が心から言える。
そんな5文字が幸せな気持ちにさせる。
貴方がいたから...。
それは、無口でいつも自分をうまく表現できない長男高2と
一緒に参加した100km歩こうよ大会 in 摩周・屈斜路2008でした。
http://www.kitaguni.tv/100km/index.html
スタートは、朝のAM7:00ちょっぴり冷たい小雨。
三河で100km(私は過去3回参加)に参加したとき、
そのとき参加者の誰か言っていたまさに恵みの雨だった。
簡単にゴールしては、感謝、感動、感激が生まれないからだ。
AM7:00スタート 果てしない大空と広い大地のその中を歩く。
ちょぴり曇りが、心地よい。(今回の参加の方は、サポーターを含めて約150名でした。)
緊張と楽しさのスタートでした。
100km大会初参加の長男が途中挫折せずに、
弱音を吐かずにゴールすることができるか、
人に感謝ということを体で覚えてくれるかこれが出来れば、
彼の人生に大きなプラスになると信じていました。
そんな中、第1チェックポイント 9kmに到着。
まだそんなに汗もでてないが、サポートの方が用意してくれた
チョコレートを頂く、普段どこにでも売ってるチョコーレートなのに
とっても美味しく感じました。
隣を見ると息子も、相変わらずの無表情でチョコレート食べている。
(息子は、朝が弱く。いつも妻に30分かかりで起こされています)
このあたりは、屈斜路湖の周りで、
歩く道は、舗装されていないで歩く人の脚にもとっても優しく思えます。
*伝説の恐竜クッシーは、見ることができませんでした(笑)
第2チェックポイント 17km
第3チェックポイント 25km おまんじゅう ウィンナーを頂き、ありがとうございました!
まだまだ元気!
息子は、 体育会で鍛えている自信があるらしく、
歩く速度は、たぶん時速6km以上だったと思います。
でもこの時、過去2回のサポート経験をしている私には、
一抹の不安がありました。
前半スピードを出している参加者は、必ず後半に疲れでて
リタイアしたり、故障をする方が多かったので...
このとき、息子のスピードについていくのがやっとだった私を
なんども振り返り、「大丈夫なん?」と言ってくれたとき、
少しずつ大人に近づく息子をみてうれしく思いました。
もう子離れする時期なのかも...。
長男に疲れは少し見えましたが、
無事に第4チェックポイント 36kmで豚汁 おにぎりをいただきました。
そして第5チェックポイント 41kmを無事通過した後、
私の悪い予感があたる。
息子と二人で、スタート地点から歩いていましたが、
単調でどこまでも続く直線、スタートから私の前を歩いていた彼は、
徐々に私の後ろ下がってきてしまう。
これをなんとか乗り越えさせたい。
これを乗り越えることで彼が、これからの人生、毎日の積み重ねが
人生を豊かにすることを学んで欲しいとこのとき強く感じました。
疲労と睡眠不足からか、
ついに彼の口からは、「ちょっとだけ休憩していい?」という言葉がでました。
すこしずつ、うつむきがちになる長男。
なんとか彼の気分を前向きしたい。
そのとき、私たち二人のすぐ後に
大会主催の会社(北国からの贈り物)の新入社員の男性が(Yくん)現れました。
その男性(Yくん)と歩きながら話す長男にちょっとだけ笑顔が戻りました。
辛いとき、仲間がいる大切を彼が理解できたかは分かりませんが、
彼の歩く速度が戻ったのは確かでした。
でも、私には、油断できないものがありました。
それは、摩周湖への上り坂でした。
車で上っても、かなりの上り坂で、しかも今まで歩いてきた以上の
長い上りの直線です。(これが100kmを完歩する最大の難関)
その上り坂の前に、第6チェックポイント 51km
長男の大好きな暖かいお蕎麦(摩周そば)を頂く、
このお蕎麦が彼にパワーを与えてくれるのを願いました。
そして、ついに難関摩周の上り坂をむかえました。
この上り坂の前に、どれだけの体力を残しておけるかが、
この大会の100kmのポイントだと私は考えていました。
そうだ!一緒に歩いてくれた北国からの贈り物男性(Yくん)と長男を
一緒にゴールさせたいと私は、それだけを想い、
どこまでも続く、長い長い坂を3人で上ってきました。
上るにつれて、濃くなる霧。さすが霧の摩周湖。
しかも霧だけでなく、大粒の雨も混じってきました。
上っているうちに、もうライトがないと上れない状態になりました。
決してあきらめない。
途中で投げださないこと。
仲間を信じること。
それを私の背中で伝えること。
そして、はるかかなたに第7チェックポイント 61kmの明かりが見えました。
たくさんの大会をささえてくれた仲間がいる。
そして地元の方が、かに汁とお弁当を用意してくれていました。
かに汁を作ってくれていた地元の方から、
昨年サポートで参加した私のことを覚えていてくれて
「今年は、息子と一緒かい、良かったね!!」
暖かいカニ汁とお弁当で、心も満タンになりました。
いよいよ、摩周湖展望台をあとに、
電灯がひとつもない真っ暗な道へ出発でした。
このとき、新しく一緒に歩く仲間(元気なヤクルトおばさん)が1名増えました。
(夜道はあぶないので。)
この元気なヤクルトおばさんが、めげそうになる私たち3人に
大きな勇気を与えてくれました。
ヤクルトおばさんの人生経験や子育てのこと、
親子で参加した私にとっても勉強になりました。
そして、摩周湖をくだり始めて
第8チェックポイント 67kmまでもう少し、
登山でもそうですが、上り以上に下りが足やひざに
大きな負担がきます。
息子と途中から一緒に歩いてくれた男性Yくんにもかなりの疲労が、
見えていました。二人ともかなりのスピードダウンでした。
そんなとき、私がもっとも信頼している100kmサポート仲間が
第8チェックポイント 67kmで心からのサポートをしてくれました。
もう疲労と睡魔で長男の体は、限界だったと思います。
そんな彼に暖かい言葉と丁寧なマッサージを。
このとき、私の頬を涙がつたいました。
体は雨で冷たくなって疲れていましたが
心はとっても暖かくなりました。 ...ありがとう。
仲間に心から感謝しています。
こんな仲間を長男にも見つけて欲しいと心から思っています。
そして、まだま続く長い下り坂の途中、
第7チェックポイント 74kmに着きました。
もう長男の体は、さらに限界に近くなっていました。
でもまたこの地点でも丁寧なマッサージや
暖かい言葉をもらい、再び勇気と元気をもらいました。
人は、一人では生きていけない。
諦めなければ夢は、叶う!
彼には、伝わったでしょうか?
これからの人生を見守っていきたいと思います。
そして、なんどもなんども挫折して、あきらめようとした
夢のゴール80kmがついに現実のものに。
一緒にゴールを約束した4人でゴールをしました。
息子に一緒に暮らしていても見たことがない笑顔がありました。
それは、子供の頃なんの不安も迷いもなかった頃の彼の笑顔でした。
そんな彼に笑顔をくれた大会の方に、
一緒に歩いてくれた方に、
大会支えてくれたサポーターの方に、
心からの応援をくれた地元の方に、
そして、わざわざ空港まで迎えにきてくれた妻に、長女に、次男に、
家で私達の帰りを待っていてくれた両親に、
...貴方にありがとう。
いよいよ、北海道の100kmウォーキングにむけて
OFFICEを出発します!
10時の朝礼をすぐ電車に飛び乗って、
関西空港を出発12:55です。
あと42分で出発、これが人生の終わりが42分なら、
何をするかを考えました。
やっぱり、感謝しか思いつきません!
育ててくれた両親へ
大切な家族へ
一緒に夢を追いかけてくれたスタッフへ
いつも当店を愛用して頂いたお客様へ
かけがえのない友人へ
さぁ、42分がたちました出発の時間。
ありがとう!!!
みなさん、人生の目的はと聞かれたら、
即答できますか?
私は、世界中の人を幸せにすることです。
素直な心を持ち、目の前におきることすべてに感謝し、
まっすぐ生きる。そして私の成功を私に関わるすべての人に
私の成功を分かち合い、幸せにする。
そして、私自身を一言で言い合わすと、
約束を守る男です。
明日も自分と大切な人のために、
約束を守ります。
いよいよ明日は、長男と北海道100kmウォーキングに出かけます。
ひとつ夢が叶った。
初めて北海道100kmウォーキングに参加したとき、
息子と歩きたいと思っていました。
果てしない大空と広い大地で長男は、
何か大切なをみつけことが出来ると信じています。
あっ、それと
最近、ニュース、新聞で黄金律って目にするけど...
黄金糖は大好きでよく食べてましたが
黄金律とは!?ググってみました。
「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」
イエス・キリスト:「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイによる福音書7章12節)
孔子:「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」(論語 巻第八衛霊公第十五 二十四)
ユダヤ教「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな。」(ラビ・ヒルレルの言葉)
ヒンドゥー教「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」(『マハーバーラタ』5:15:17)
イスラム教「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである。」(ムハンマドの遺言)
すべての国境や宗教、民族を超えた原理原則なんですね。
「明けない夜はない」
「明日があるさ・・・。」
「明日のない日は、人生で一日しかない 」
「もっと自分を信じてあげよう」
「人生の目的は幸福になること。」
「他人を変えたければ、自分を変えれば良い 」
では、今日も誰かのためになる一日に。

日本赤十字社の岩手・宮城内陸地震義援に参加しました。
災害により生命・財産に大きな被害を受けた方々に
お役に立てればと思います。
今を生きる。
本当に突然の自然災害にあわれた方のお気持ち、
察するに余りあります。
人生、1分1秒足りとも無駄にできない。
そんな気持ちです。
貴方にも、私にも
今日が素晴らしい一日になりますように。
会社の同僚に、お客様に、家族に感謝しています。
いよいよ、今年も北海道100kmの時期がやってきました。
今年で3度目の大会です。
やっぱり、参加したことない人に聞かれるのは、
『なんで100kmもあるくの?』
『賞金はでるの?』
『何時間かかるの?』
私は、そこの場所に、そこにいる人にしか分からないものがあると思っています。
今回の大会は、長男高2との一緒に歩きます。
学校や塾では、教えてくれないものを息子に伝えたいと思っています。
あきらめないこと。
信じること。
人を助けること。
感謝すること。
自分を愛すること。
仲間を助けること。
そんな人生で大切なものを体験してもらいたいと思います。
今年も摩周湖が私を待っています。
大好きです、北海道。

布団屋を家業とする私ですが
でも実は子供の頃、布団屋が嫌いでした(笑)。
うちは、先代から続いている布団屋です。
小学校の頃、父とキャッチボールをした記憶がありません。
母は、布団の縫い物を夜中までやっていました。
当然、家族旅行なんてありませんでした。
子供心にちょっぴり布団屋がキライでした。
でも、父も母もいつも笑顔でした。
お店に来て頂いたお客様も笑顔です。
これって。とってもすごいことでとってもステキなことで
とっても楽しいことなんだと今となって分ります。
私は、こう思います。 『布団や枕は【人生の愉しむシーン】にあるもの。』
例えば・・・あなたの『 結婚 』あなたの『出産 』
あななの『 誕生日 』あなたの『 新生活 』あなたのいろんな人生の節目に。
そしてあなたのお友達や家族の『 結婚 』
あなたのお友達や家族の『出産 』あなたのお友達や
家族の『 誕生日 』あなたのお友達や家族の『 新生活 』
あなたのお友達や家族のいろんな人生の節目に。
今も実店舗には、おとうさん、おかあさん 元気にしてはる?
そういって訪ねていただける馴染みのお客様がたくさんご来店頂けます。
これが、私がもっとも大事にしているもの、
お客様との縁と絆でございます。
父の日の夜。
3人の子供達から手紙をもらいました。
長女からは、
いつもお疲れ様。
仕事大変そうやけど、がんばってな。
ありがとう、これからもよろしく♪
長男からは、
仕事がんばってくれてありがとう。
これからも体を大切にして下さい。
よろしくお願いします。
次男からは、
しごといつもおつかれさま。
これからもがんばってください
おれも学校がんばるから
これからもよろしくおねがいします。
3本の矢の話を思い出しました。
毛利元就の3本の矢の話のような兄弟ではないけど、
大人になっても仲良しの兄弟でいて欲しいです。
ありがと、私の3本の矢。
2008年父の日に、
3人の子供達へ
長女へ 貴方は私の自慢の娘です。
長男へ 貴方は私の夢です。
次男へ 貴方は私の宝物です。
君達が成長する姿に、いつも感謝しています。
今日は、父の日。
親父に大好きな「たこ」を買って、夕食に一緒に食べました。
男同士ってのは、なかなか話もすることもないけど...
なにも特別なこともないけど、
二人で食卓に座って、「たこ」を食べました。
親父との距離は、1m足らず、
でも自分の子供を持つ立場になって、
親父の気持ちが少しは分かる。
自分の3人の子供は、
父の日のことなんて、忘れていたけど。
3人の子供達が大人になって、
一緒に「たこ」をたべたいなぁ。
みんなは、どうかな?
運命の人っていますか?
奥さん、旦那さん、彼女、彼氏、家族、友人。
きっとつながっているんだね。
だから、人は生きていけるんだよね。
先日、高校でテニスのコーチをやってる方から、
リストカットする子供の話を聞きました。
生きるのには、夢がいる。
夢には、愛がいる。
もう自分を傷つけないでね。
誰もひとりじゃないんだ。
よく回りをみて、君を待ってる人がいる。
また北海道での100kmウォーキングが近くなってきました。
そんなとき、次男が歩いた三河のシーンを想い出します。
2006年10月
100km そこにあるもの
...それは、心からのありがとう。
昨年、100km歩け歩け大会に参加させて頂き、
たくさんの方のサポート応援で100kmを歩けました。
その恩返しのため、今年は100km歩け歩け大会に
サポートとして、参加させて頂きました。

今年の100km歩け歩け大会は、私の息子(中学2年)と
スタッフのYくんが100km完歩を目指すという
特別な大会になりました。
うちの次男は、中学2年。(ニックネーム はっぴぃ)
彼は生まれた時、からだが弱く
生まれてすぐ、大きな病気にかかり
お医者さまがら命の危険があるかもしれないと言われました。
うえの二人は、健康そのものだっただけに
私達夫婦にとっては、彼は特別な存在でした。
でも今では、毎日サッカーばっかりやっています(補欠ですが...)
今回、いろんな方に支えられて100kmのゴールに
息子は、たどり着けたのだと思います。
彼がもう少し成長し、今は気がつかないことに気づき、
歩く方をサポートして、感謝感動感激を体験したとき、
彼はもっと人として大きくなれると思っています。
私も年々涙腺が弱くなっています。
彼がスタートしてちょっと12時間PM7:30
50km地点に到着したという
連絡を電話を頂き、友人の店長が
"はっぴぃを応援しに戻ろう♪"と言ってくれたとき
思わず目頭が熱くなりました。
彼を50kmチェックポイントで見たとき、私の心の中では
"よくやった"と言う想いと
もうリタイアしてもいいのではと気持ちがありましたが、
いつも口数の少ない彼は「まだ歩ける。」とだけ言いました。
時間が経ち、翌朝の4時48分一緒に歩いていた
うちのスタッフのYくんから、リタイアの電話連絡が入る。
(おそらく65km地点)
私は、この地点で彼も一緒にリタイアするものだと思っていましたが、
しかし70キロ地点まで一人で歩いたそうです。
後で、彼に聞いたところこのあたりが心細く辛かったみたいです。
店長仲間の方みんなが心配していただき、車で見に行って頂き、
歩いている彼を見つけ、声を掛けていただいたり、
写真を撮って私に見せてくれたり、私の涙腺は緩みっぱなしです。
でも、70キロのチェックポイントで、店長仲間が
彼を勇気づけて頂き、一緒に歩いて頂いたみたいで、
彼にはとっても心強かったと思います。
歩き始めて、24時間(朝の7時)
息子が80km地点チェックポイント(カニ汁)まで
到着したという連絡をいただきました。
かっこ悪いけど、90キロ地点で歩く方のマッサージをしながら
泣いていました。
90km地点で朝の10時30分(90kmの制限時間)までに
歩く方のサポートしている私のところまで来て欲しい。
心配する私の気持ちを察してくれたのか店長仲間の一人が
「ちょっと歩いて迎えにいきませんか?」と 誘ってくれる。
90キロ地点から、約2km歩いて店長仲間と
迎えにいったとき、遠くに彼の姿を見えました。
なんと彼は、ひとりではなく、
親子(父と息子)で参加されている2名に
一緒に歩いて頂いていました。
とても素晴らしい親子でお互いに励ましあって
100km歩け歩け大会100キロゴールを目指していました。
この親子と一緒に、制限時間内に息子をゴールさせたい!
私のサポート担当する90km地点では
多くの店長仲間が彼を迎えいれてくれました。
タイムオーバーの時間が迫っていて
歩くための杖を用意している間、
山口さんが本当に丁寧にマッサージをして頂き、
彼の疲労は少し回復し、笑顔も戻ってきました。
90kmまで頑張った息子をみた店長仲間の涙に
私もつられて我慢していた涙が...。
この時点で、朝の10時15分ゴールまで残り10キロ
ゴールに13時30分に到着しなければ
タイムオーバーになる。
残り距離を歩く速度から計算すると微妙な時間。
息子を一緒に歩いて頂いた親子と息子を一緒に
ゴールさせたい さらに強く思いました。
しかし一緒に歩いて頂いた息子さんは、両手に杖をつかないと
歩けないくらい疲労している。
私は、90km地点での自分のサポートの業務が済み、
店長仲間の協力で
96km地点より、息子とその親子と一緒に歩くことが出来ました。
あと4kmさらに残り時間が迫ってきました。
タイムオーバーまで時間は、1時間45分!
普通の状態なら、なんでもない距離と時間。
でも、一緒に歩いて頂いた親子と息子はかなり疲労している。
私が明るい話をし、気分を盛り上げ
少し歩くペースを引っ張りました。
でも、息子の疲れはピークに。
この時、妻の電話で彼には、もう一度笑顔に。
彼と妻との会話は、
妻: 「帰ったら、何食べたい?」
息子:「焼肉♪」
たったこれだけの会話で、彼にパワーを与える
母と息子の絆、母の力を大きく感じました。
最終チェックポイント97km。
またたくさんの店長仲間が待ってくれる。
あとは、100km名物ビクトリーロードを言われる
海岸沿いの長い道、これが実は辛い!
でも97kmチェックポイントで休憩していたら、
タイムオーバーしてしまう、私が選んだ選択は
休憩なしで100km歩け歩け大会ゴールに向かう。
一緒に歩いていた親子から、息子はアイスクリームを頂き、
食べながらゴールを目指す!!
長い海岸沿いの道、一緒歩いてきた親子も息子も
500mくらい歩いてはちょっと座り、
また歩いてはちょっと座り。
でもこの時、たくさんの店長仲間が出迎えに来てくれる
ようやく念願のゴールが見える!
さらにたくさんの仲間が、息子を待っていてくれる。
いっぱい、いっぱいの店長仲間が
でも私は、涙でみんなの顔がよく見れていませんでした。(ゴメンナサイ)
ついに一緒に歩いて頂いた親子と息子と4人でゴール!!
(100km歩け歩け大会制限時間15分前)
ゴールした息子の足には、60kmでサポートして頂いたという
テーピングがありました。
彼の100キロ完歩は、本当にたくさんの方の気持ちが
形になったものだと思います。
今回の100キロ歩け歩け大会は
きっと息子の人生の中で、大きな自信と宝物になったと思います。
来年、息子は中学3年になり受験を向かえることになり
いろんな苦しいことがあっても頑張ってくれたら思います。
今回の大会を通じて、私自身もすごく刺激を受けて
この経験を生かして、毎日を過ごしていけたらと
思います。
大会主催の方、お世話になった方、すべてに感謝申し上げます。
皆さんありがとうございました。
心より御礼申し上げます
追伸:今回残念ながら、70キロでリタイアした
スタッフのYくんもうちの家で焼肉打ち上げで
大いに盛り上がりしまいた!

100万人のキャンドルナイトって、ご存知ですか?
http://link.rakuten.co.jp/0/005/166/
私は100万人のキャンドルナイトを呼びかけます。
2008年の夏至の日、6月21日夜、8時から10時の2時間、
みんなでいっせいにでんきを消しましょう。
ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。
プラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。
それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見する
プロセスであると私たちは考えます。
一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、
ただ2時間、でんきを消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を
地球上にひろげていきませんか。
2008年、6月21日、夏至の日。よる8時から10時。
でんきを消して、スローな夜を。
100万人のキャンドルナイト。
http://link.rakuten.co.jp/0/005/166/
一年に、たった2時間素敵な時間を...

この街に生まれ、育って今年で45年。
ほんとあっという間に、この歳になりました。
振り返れば私の人生には、いつも「だんじり」祭りがありました。
子供の頃は、いつも「だんじり」の綱を引き、
中学生の頃は、太鼓をたたき、
高校生の頃は、「だんじり」が終わると寂しくって、
涙がでたこともありました。
「だんじり」青年団長、檜友会(OB会)会長をし、
今年、保存会会長という大役を引き受けることになりました。
実は、「だんじり」の保存会会長を引き受けた理由は、
2点あります。
1点は、約束を守ることです。
今から、15年くらい前。
「だんじり」祭りの時期になると
私の携帯電話に連絡してくる
「だんじり」が大好きな人との約束です。
その人との約束は、いつも同じです。
"みんなが楽しい祭りにしような!"でした。
その人は、もういません。
もう会うことは出来ません。
でも、私はその約束を忘れていません。
だから、みんなと楽しい「だんじり」をします。
2点目は、「だんじり」を通じて将来ある子供達、若者達に
成功体験を経験してもらいたい。
挨拶すること、礼を尽くすこと、夢を見ることを大切さを伝え、
みんな笑顔で「だんじり」って素晴らしいことを共有したい。
4トン近い「だんじり」は、どんだけ力持ちでも、
ひとりでは2日間曳行出来ません。
いろんな人の協力、助けがないと「だんじり」は出来ません。
これは、子供達、若者達が一番学ぶことです。
私達が育った頃の環境とは、大きく変わっています。
安易に手に入る幸せがあります。
携帯電話もあります、食べるものにも困ることはありません。
でもこの地球上に八億三千万人以上の飢餓で苦しむ人々がいます。
そして、飢餓が原因で五秒に一人の子供が死んでいます。
でも、今の日本の子供達、若者達は、
夢をなくしています。
将来こんな人生を過ごしたい、こんな人になりたいと言える
子供達、若者達は、ほんの一握りです。
「だんじり」を通じて、子供達、若者達に、
人とのかかわりの大切さを伝えたいと思います。
そして、地域の方にも「だんじり」を通じて
子供達、若者達と触れ合って頂きたいと思っています。
そう、自分の子供や孫のように、
きっと新しい「だんじり」祭りの形があると思います。
岸和田のようなテレビ放映されるような華やかさもないですが、
きっとそこには、日本で一番楽しいお祭りがあると思います。
"みんなが楽しい祭りにしような!"
「だんじり」が大好きだった男との約束を私は守ります。


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