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100km大会の最近のブログ記事


  100km そこにあるもの


   ...それは、心からのありがとう。


 昨年、100km歩け歩け大会に参加させて頂き、
 たくさんの方のサポート応援で100kmを歩けました。

 その恩返しのため、今年は100km歩け歩け大会に
 サポートとして、参加させて頂きました。

 


 今年の100km歩け歩け大会は、私の息子(中学2年)と
 スタッフのYくんが100km完歩を目指すという
 特別な大会になりました。
 
 
 うちの次男は、中学2年。(ニックネーム はっぴぃ)
 彼は生まれた時、からだが弱く
 生まれてすぐ、大きな病気にかかり
 お医者さまがら命の危険があるかもしれないと言われました。
 うえの二人は、健康そのものだっただけに
 私達夫婦にとっては、彼は特別な存在でした。


 でも今では、毎日サッカーばっかりやっています(補欠ですが...)


 今回、いろんな方に支えられて100kmのゴールに
 息子は、たどり着けたのだと思います。


 彼がもう少し成長し、今は気がつかないことに気づき、
 歩く方をサポートして、感謝感動感激を体験したとき、
 彼はもっと人として大きくなれると思っています。


 私も年々涙腺が弱くなっています。


 彼がスタートしてちょっと12時間PM7:30 
 50km地点に到着したという
 連絡を電話を頂き、友人の店長が
 "はっぴぃを応援しに戻ろう♪"と言ってくれたとき
 思わず目頭が熱くなりました。


 彼を50kmチェックポイントで見たとき、私の心の中では
 "よくやった"と言う想いと
 もうリタイアしてもいいのではと気持ちがありましたが、
 いつも口数の少ない彼は「まだ歩ける。」とだけ言いました。


 時間が経ち、翌朝の4時48分一緒に歩いていた
 うちのスタッフのYくんから、リタイアの電話連絡が入る。
 (おそらく65km地点)
 私は、この地点で彼も一緒にリタイアするものだと思っていましたが、
 しかし70キロ地点まで一人で歩いたそうです。
 後で、彼に聞いたところこのあたりが心細く辛かったみたいです。
 店長仲間の方みんなが心配していただき、車で見に行って頂き、
 歩いている彼を見つけ、声を掛けていただいたり、
 写真を撮って私に見せてくれたり、私の涙腺は緩みっぱなしです。


 でも、70キロのチェックポイントで、店長仲間が
 彼を勇気づけて頂き、一緒に歩いて頂いたみたいで、
 彼にはとっても心強かったと思います。


 歩き始めて、24時間(朝の7時)
 息子が80km地点チェックポイント(カニ汁)まで
 到着したという連絡をいただきました。
 かっこ悪いけど、90キロ地点で歩く方のマッサージをしながら
 泣いていました。


 90km地点で朝の10時30分(90kmの制限時間)までに
 歩く方のサポートしている私のところまで来て欲しい。
 

 心配する私の気持ちを察してくれたのか店長仲間の一人が
 「ちょっと歩いて迎えにいきませんか?」と 誘ってくれる。
 90キロ地点から、約2km歩いて店長仲間と
 迎えにいったとき、遠くに彼の姿を見えました。


 なんと彼は、ひとりではなく、
 親子(父と息子)で参加されている2名に
 一緒に歩いて頂いていました。
 とても素晴らしい親子でお互いに励ましあって
 100km歩け歩け大会100キロゴールを目指していました。


 この親子と一緒に、制限時間内に息子をゴールさせたい!


 私のサポート担当する90km地点では
 多くの店長仲間が彼を迎えいれてくれました。
 タイムオーバーの時間が迫っていて
 歩くための杖を用意している間、
 山口さんが本当に丁寧にマッサージをして頂き、
 彼の疲労は少し回復し、笑顔も戻ってきました。


 90kmまで頑張った息子をみた店長仲間の涙に
 私もつられて我慢していた涙が...。


 この時点で、朝の10時15分ゴールまで残り10キロ
 ゴールに13時30分に到着しなければ
 タイムオーバーになる。
 残り距離を歩く速度から計算すると微妙な時間。


 息子を一緒に歩いて頂いた親子と息子を一緒に
 ゴールさせたい さらに強く思いました。
 しかし一緒に歩いて頂いた息子さんは、両手に杖をつかないと
 歩けないくらい疲労している。



 私は、90km地点での自分のサポートの業務が済み、
 店長仲間の協力で
 96km地点より、息子とその親子と一緒に歩くことが出来ました。


 あと4kmさらに残り時間が迫ってきました。
 タイムオーバーまで時間は、1時間45分!
 普通の状態なら、なんでもない距離と時間。


 でも、一緒に歩いて頂いた親子と息子はかなり疲労している。


 私が明るい話をし、気分を盛り上げ
 少し歩くペースを引っ張りました。

 でも、息子の疲れはピークに。
 この時、妻の電話で彼には、もう一度笑顔に。
 彼と妻との会話は、
 妻: 「帰ったら、何食べたい?」
 息子:「焼肉♪」
 たったこれだけの会話で、彼にパワーを与える
 母と息子の絆、母の力を大きく感じました。



 最終チェックポイント97km。
 またたくさんの店長仲間が待ってくれる。
 
  
 あとは、100km名物ビクトリーロードを言われる
 海岸沿いの長い道、これが実は辛い!

 
 でも97kmチェックポイントで休憩していたら、
 タイムオーバーしてしまう、私が選んだ選択は
 休憩なしで100km歩け歩け大会ゴールに向かう。


 一緒に歩いていた親子から、息子はアイスクリームを頂き、
 食べながらゴールを目指す!!


 長い海岸沿いの道、一緒歩いてきた親子も息子も
 500mくらい歩いてはちょっと座り、
 また歩いてはちょっと座り。

 でもこの時、たくさんの店長仲間が出迎えに来てくれる
 

 ようやく念願のゴールが見える!


 さらにたくさんの仲間が、息子を待っていてくれる。
 いっぱい、いっぱいの店長仲間が
 でも私は、涙でみんなの顔がよく見れていませんでした。(ゴメンナサイ)


 ついに一緒に歩いて頂いた親子と息子と4人でゴール!!
 (100km歩け歩け大会制限時間15分前)
 

 
 ゴールした息子の足には、60kmでサポートして頂いたという
 テーピングがありました。
 彼の100キロ完歩は、本当にたくさんの方の気持ちが
 形になったものだと思います。

 
 今回の100キロ歩け歩け大会は
 きっと息子の人生の中で、大きな自信と宝物になったと思います。

 

 来年、息子は中学3年になり受験を向かえることになり
 いろんな苦しいことがあっても頑張ってくれたら思います。


 今回の大会を通じて、私自身もすごく刺激を受けて
 この経験を生かして、毎日を過ごしていけたらと
 思います。

 
 大会主催の方、お世話になった方、すべてに感謝申し上げます。
 皆さんありがとうございました。
 心より御礼申し上げます



  
 追伸:今回残念ながら、70キロでリタイアした
    スタッフのYくんもうちの家で焼肉打ち上げで
    大いに盛り上がりしまいた!

第14回三河湾チャリティー100km歩け歩け大会

                2009年10月24日~29日
                ゼッケン87 大阪 道端俊彦


今年は、三河湾チャリティー100km歩け歩け大会に参加させて頂いて、
5年目になりました。

最初の年は、一人で参加し一人で100kmゴールを目指しました。
2年目は、私の次男が中学2年生で参加し、多くの人に支えられてのゴールでした。
3年目は、仲間と一緒に歩き、一緒にゴールでき感動を共有しました。
4年目は、サポートとして支えることの喜びと「ありがとう」の言葉の意味を知りました。
そして、5年目の今年は結婚21年連れ添ってくれた妻と歩き、
以前、皆様のおかげで完歩できた次男(高校2年)と長男(高校3年)がスタッフとして、
大会をサポートさせて頂くという大会でした。

大会当日、天気予報をは曇り。

5年間大会に参加させて頂いて、晴れの日は一度もなく、
一番ひどい時は、台風でした。

そんなことを経験している私には、
なんとなく雨が降る予感がしていました。
(ちなみに私は、雨男です。)

スタートからして、第1チェックポイント29km地点までは
秋の風も心地よく、とても歩きやすく、
妻も軽快な感じで、100km歩け歩け大会を楽しんでいるようでした。

特に第1チェックポイント29km地点には、
長男と次男が、サポートスタッフとして大会のお手伝いをしていましたので
顔色もとっても良かったです。

しかし、ラグーナの第2チェックポイント39km地点、
第3チェックポイント49km地点と距離が増えるにつれ、
普段より膝に不安がある彼女は、かなり辛そうにみました。

そして、やっぱり雨の大会を象徴するように、
50kmを過ぎて厳しい雨が、レインコートで着ても疲れてきた身体を冷やしました。

雨の中、第4チェックポイント60kmを過ぎ、
夜になり気温も下がり、気力も体力もかなりつらい時に、
次男からのメール、長男からの電話で、
自分たちの担当のサポートが終わって、
第5チェックポイント68km地点で
サポートのお手伝いをしていることを知りました。

歩いてる私の右後ろ45度で、足の痛みに無口になっている妻に
少し笑顔が戻った気がしました。

第5チェックポイント68km地点に私が到着したとき、
長男と次男が歩いて疲れている方のマッサージを懸命にしていました。

第1チェックポイント29km地点では、戸惑いながらサポートしていましたが、
少し慣れてきたのか、歩いて疲れている方ともお話をしながら、
マッサージをしていました。
そして、次男が妻をマッサージをしていました。
いつも家では、迷惑をかける長男と次男の二人ですが、
少し成長した姿を見ることが出来ました。

サポートの方、長男、次男に元気をもらった私たち二人は、
次の第6チェックポイント82km地点を目指しました。
この区間は、往路を戻るコースです。
往路に一度通って自分の記憶にあるだけに、
距離が実際より長く感じました。

さらに夜中になると気温も下がり、気力もどんどん落ちていき、
第6チェックポイント82km地点をなんとが通過しましたが、
まだまだゴールは遠く感じられました。

そんな時、暗い真っ暗の夜道を妻と二人で歩き、
結婚して21年間のいろんなことを想い出しました。
子供が生まれた時のこと、入園式、運動会、サッカー
旅行、いろんな楽しい想い出が浮かびました。

楽しいことを考えていると良いことがあると言いますが、
復路の休憩所で地元のスギ製菓さんから、
暖かいお汁粉頂き、さらに念入りにマッサージをして頂きました。
一晩中コンビニで食事や飲み物をとっていた私たちを、
体の芯まで温かくして頂きました。

あと残り15km、応援してくれた方の想い、
残念ながらリタイアした方の分も頑張る!
そんな想いを感じ私たちはゆっくりですが、ゴールへ向かいました。

しかし、もうサポートの方のマッサージなしでは、
妻が歩けないくらい足の痛みに耐えていました。
何度も何度も歩道にしゃがみ、休憩することが増えました。
でも幸いなことに第7チェックポイント92km地点には、
第5チェックポイントでマッサージを終えた
長男、次男と一緒にサポートしてくれていた仲間達が私たちに最後の勇気をくれました。

「ここであきらめたら、もったいないよ!」と子供から。
「子供達もメッチャ頑張って、サポートしていたよ」と一緒にサポートしてくれた仲間から。

みなさんの応援と勇気を頂いて、
最終チェックポイントまでたどり着いた私は安堵感からか、
マッサージをして頂いた私は、不覚にも一瞬眠りに落ちていました。

そして、最後のゴールまでの海沿いのビクトリーロードを妻と一緒に歩きました。

普段は、面と向かって感謝の言葉を言えないけど、
心からありがとうを言えた気がします。

ゴール手前、なんども子供たちから、
応援の電話とメールが届きました。

「今どこなん?」
「あとどれくらいでつく?」

そして、長男、次男はゴールから2kmも歩いて
私たちを迎えに来てくれました。

ゴールに近づくに連れて
いろんな人の顔が頭に浮かびました。

大会のスタッフの方、サポートスタッフの方、
一緒にゴールを目指した仲間、私が留守のとき頑張ってくれたスタッフ、
私を元気に生んでくれた両親、親戚。
今回は参加できなかった長女、一晩中マッサージをしていた長男、
妻を支えてくれた次男。
そして、21年間私の右後ろ45度でいつも勇気をくれた妻。

「私のゴールは、私だけのゴールではなく、みんなのゴール。」

一人ひとりのそれぞれゴールがあり、あきらめない限りきっとそれは叶う。
黄金律「他人にしてもらいたいと思うような行為をしなさい」が大切なんだと
今回の大会を通じて、心から感じ学びました。

 「100km大会には、人生で大切なものが詰まっている」

この大会を通じて、学んだことを日々実践していきます。

最後になりましたが、
七福醸造株式会社様に、本当に心より感謝申し上げます。 
そして、すべての方に感謝を申し上げます。

 

 

100km歩こうよ♪大会 in 摩周・屈斜路

100km歩こうよ♪大会 in 摩周・屈斜路は、私にとって特別な大会でした。

私の今回の課題は、あきらめないことでした。

日常の生活では、ついついこの辺でいいかなとか、
ほどほどそこそこで、満足していたり、
そんなことって、ありませんか!?

人との関わり、仕事、家族、趣味 
皆さんは、どうですか。

私もその一人です。

たくさんのことをほどほど、そこそこにしてきた気がします。

でも、この100km歩こうよ♪大会 in 摩周・屈斜路をきっかけに
自分を変えるんだと決心して臨みました。

100km歩こうよ♪大会 in 摩周・屈斜路の距離は、
半端ではありません。
一日歩くことで、体は全身ボロボロになります。

今回の100km歩こうよ♪大会の私の役割は、
1人でも多くの人をゴールまでサポートする役目でした。

100km歩こうよ♪大会スタートは、AM8時30分。
88名の参加者の顔には、期待と不安が見られました。

10km、20km、30kmと参加者は、順調に通過していきました。
しかし、第4チェックポイントの36km地点では、
かなりの方が、マッサージしないと歩けないような状態でした。

昨年、長男(現在高校3年生)と一緒に歩いた私には、
この先のコースがまだまだ長く辛いことを知っていました。
なんとか多くの方をゴールまでサポートして欲しいと想い、
マッサージを続けました。

マッサージで腕も疲労しましたが
なんとか第4チェックポイントのサポート作業も終了し、
歩く方が一番足への負担がある摩周湖の下りの
第8チェックポイントのサポートに向かいました。

第8チェックポイントのサポート時間は、夜中の7時間です。
夜19時からテント設営し、翌日の朝5時撤収するまでのサポート。

夜12時から、続々とチェックポイントに入ってくる人は、
もう杖なしでは歩けない状態です。
歩いている方の気力も限界。

でもひとりでも多くの人をゴールさせるんだ!

絶対、あきらめない!
私は、心に決めていました。

気がつけば、サポート終了時間の朝5時でした。
私の体は、あちこち筋肉痛になっていましたが、
心地よい満足感で満たされてしました。

サポートが終了し、ゴール地点のふるさと館に戻ったのは、
大会終了の朝8時でした。

そこには、すでにゴールしたたくさんの方がいらっしゃいました。

そして夜中、マッサージした多くの方から、
多くのありがとうの言葉を頂きました。
私の周りには、笑顔とありがとうが溢れていました。

気がつけば、私の頬には涙がつたっていました。

人は、一人では生きていけない。

人への優しさが力になること。
あきらめないこと、それは勇気なんだと...。

 

多くの気づきを頂いた
大会を主催された北国の贈り物様、加藤水産様
地元の方に心から御礼申し上げます。

 

400-2.jpg

400-1.jpg

北の大地 北海道に3日間行ってきました。

硫黄山越しに沈む夕陽、屈斜路湖 霧の晴れた摩周湖
北キツネ、ミルキーウェイ、エンジェルラダー、流れ星

すべてが、私達を歓迎してくれました。

日本の素晴らしさを感じた3日間でした。




今から、北海道100kmです。

100km歩こうよ♪大会 in 摩周・屈斜路

http://100km.sakura.ne.jp/

大好きな北海道、これで4年連続です!!

 

やっぱり、松山千春さんが北海道似合いますよね。

 

生きる事が つらいとか
苦しいだとか いう前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ


果てしない大空と広い大地のその中で
いつの日か 幸せを
自分の腕でつかむよう

 

 

       ではでは、今日も最高の一日を。

 

              

2008年10月の三河100kmの感想文です。


今年で、4度目の三河湾チャリティ100km歩け歩け大会でした。



最初の年は、100kmを一人で歩きました。


2年目は、サポートとして参加させて頂きました。
その時、息子が100km歩くのを多くの仲間が応援してくれました。


3年目は、もう一度自分を試すために、
仲間と挑戦し、仲間と100km一緒にゴールできました。


4年目の今年は、たくさんの仲間と
100kmのゴールを目指す方のサポートをさせて頂きました。


最初のチェックポイント33kmで
元気で入ってきた方達が、
60kmのチェックポイントでは
かなり疲労度が増していて、
90kmのチェックポイントでは、
私たちマッサージをする人間の前に、
行列ができるほどでした。


最初は、少しでも歩く方に元気をつけてもらおうと
思っていた私も2時間、3時間とマッサージを続けていくと
顔をあげる余裕もなくなりました。



うつむきかけたその時、
歩かれる方のゼッケンに
『ありがとう』の文字。


このありがとうのたった5文字。

ありがとうという言葉は、
自分で言うのは、もちろん素晴らしい。

でも、ありがとうと他の方に
言ってもらえるのは、もっと素晴らしいと感じました。



マッサージをした方から頂いた『ありがとう』
ゴールされた方から頂いた『ありがとう』
一緒にサポートした仲間から頂いた『ありがとう』


すべてが私の2008年100km歩け大会の
宝物になりました。


人は、一人では生きていけない。
今日の一日は、唯一無二の一日。
この一瞬にすべてを。


仲間がいることの素晴らしさ、
人と触れ合うことの素晴らしさを
心から感じました。

2007年10月台風の中での三河100km感想文です。



第12回三河湾チャリティ100km歩け歩け大会

               2007年10月27日~28日
               大阪 道端俊彦


今年も雨だった。しかも台風。


一昨年で100km完歩させて頂いたときも
昨年、サポートさせて頂いたときも...。


今年の大会は、自分の息子が多くの方のサポートのおかげで
昨年100km完歩させていただいたことへの感謝と恩返しの
意味を込めて参加させて頂きました。


 家内からは、もう過去に100km歩いてるのに、
 なんで2回も歩くの? と言われ、
 友人からは、ちょっぴりMですよねと言われた。
 それが今回の大会でした。


昨年、息子が夜中 一人ぼっちで歩いているとき、
一緒に歩いて頂いた七福醸造さんの社員中村さんのお父さんと
再会をしました。


 息子が心細かったであろう真夜中の道。
 一緒に歩いてくださった中村さん親子に、ありがとうを。


過去に100kmを歩いてる私でさえ、
今回のコンディションは、かなり厳しいものでした。
台風による雨、風は、多くの参加者を苦しめたと思います。


 でも今回の大会は、私にはたくさんの仲間がいました。
 サポートしてくれる仲間、一緒にゴールを目指す仲間。
 この一緒に歩く仲間とゴールし、応援してくれた仲間に
 ありがとうを言いたい。
 その想いだけが私を100kmのゴールに運んでくれました。


そして、歩いている途中で、もう限界かと思ったとき
義足で頑張る島袋勉さんを見ました。


 島袋勉さんの「 夢をあきらめない!」
 夢はあきらめなければ なんでもできる
 出来ないことを探すのではなく 出来る方法を考えよう!
 この勇気をくれた島袋勉さんにありがとうを。
 

70キロ以降は、足の感覚がほとんどなく
(このとき、両足に持病の通風が再発していました)
感謝と恩返しのために参加したのに、
私の選択にリタイアはありませんでした。


 真夜中の暗い道。
 昨年息子が歩いた道を今年歩きながら、
 一緒に歩いて頂いた中村さんにさらに感謝しながら、
 1年経って私が参加できること幸せを考えると
 涙止まりませんでした。
 一緒に歩いてる仲間に見つからないように
 そっと涙を拭いました。


 応援していただいたサポーターの方に、ありがとうを。
 最後まで一緒にゴールを目指した仲間に、ありがとうを。
 私が歩いている間に頑張ってくれた仕事仲間に、ありがとうを。
 痛んだ足を引きずる私を迎えに来てくれた家内に、ありがとうを。
 いつも元気でいてくれる息子と娘に、ありがとうを。
 100km歩ける体に生んでくれた両親に、ありがとうを。


これは、自分のための100kmではなく
誰かのためにしてあげる大会なんだと
今年も気づかせて頂きました。


 そう、100kmは
 ALL FOR ONE & ONE FOR ALL !
 

最後になりましたが、こんな素晴らしい大会を開催される
七福醸造 株式会社さんに心より感謝申し上げます。




     では、素敵な一日を♪

2006年10月三河100km感想文です。
よろしければご覧くださいね。



  100kmチャリティ そこにあるもの


   ...それは、心からのありがとう。


 昨年、100km歩け歩け大会に参加させて頂き、
 たくさんの方のサポート応援で100kmを歩けました。


 その恩返しのため、今年は100km歩け歩け大会に
 サポートとして、参加させて頂きました。
 


 今年の100km歩け歩け大会は、私の息子(中学2年)と
 スタッフのYくんが100km完歩を目指すという
 特別な大会になりました。
 
 
 うちの次男は、中学2年。(ニックネーム はっぴぃ)
 彼は生まれた時、からだが弱く
 生まれてすぐ、大きな病気にかかり
 お医者さまがら命の危険があるかもしれないと言われました。
 うえの二人は、健康そのものだっただけに
 私達夫婦にとっては、彼は特別な存在でした。


 でも今では、毎日サッカーばっかりやっています(補欠ですが...)



 今回、いろんな方に支えられて100kmのゴールに
 息子は、たどり着けたのだと思います。



 彼がもう少し成長し、今は気がつかないことに気づき、
 歩く方をサポートして、感謝感動感激を体験したとき、
 彼はもっと人として大きくなれると思っています。



 私も年々涙腺が弱くなっています。



 彼がスタートしてちょっと12時間PM7:30 
 50km地点に到着したという
 連絡を電話を頂き、友人の店長が
 "はっぴぃを応援しに戻ろう♪"と言ってくれたとき
 思わず目頭が熱くなりました。



 彼を50kmチェックポイントで見たとき、私の心の中では
 "よくやった"と言う想いと
 もうリタイアしてもいいのではと気持ちがありましたが、
 いつも口数の少ない彼は「まだ歩ける。」とだけ言いました。



 時間が経ち、翌朝の4時48分一緒に歩いていた
 うちのスタッフのYくんから、リタイアの電話連絡が入る。
 (おそらく65km地点)
 私は、この地点で彼も一緒にリタイアするものだと思っていましたが、
 しかし70キロ地点まで一人で歩いたそうです。
 後で、彼に聞いたところこのあたりが心細く辛かったみたいです。
 店長仲間の方みんなが心配していただき、車で見に行って頂き、
 歩いている彼を見つけ、声を掛けていただいたり、
 写真を撮って私に見せてくれたり、私の涙腺は緩みっぱなしです。



 でも、70キロのチェックポイントで、店長仲間が
 彼を勇気づけて頂き、一緒に歩いて頂いたみたいで、
 彼にはとっても心強かったと思います。



 歩き始めて、24時間(朝の7時)
 息子が80km地点チェックポイント(カニ汁)まで
 到着したという連絡をいただきました。
 かっこ悪いけど、90キロ地点で歩く方のマッサージをしながら
 泣いていました。



 90km地点で朝の10時30分(90kmの制限時間)までに
 歩く方のサポートしている私のところまで来て欲しい。
 


 心配する私の気持ちを察してくれたのか店長仲間の一人が
 「ちょっと歩いて迎えにいきませんか?」と 誘ってくれる。
 90キロ地点から、約2km歩いて店長仲間と
 迎えにいったとき、遠くに彼の姿を見えました。



 なんと彼は、ひとりではなく、
 親子(父と息子)で参加されている2名に
 一緒に歩いて頂いていました。
 とても素晴らしい親子でお互いに励ましあって
 100km歩け歩け大会100キロゴールを目指していました。



 この親子と一緒に、制限時間内に息子をゴールさせたい!



 私のサポート担当する90km地点では
 多くの店長仲間が彼を迎えいれてくれました。
 タイムオーバーの時間が迫っていて
 歩くための杖を用意している間、
 店長仲間が本当に丁寧にマッサージをして頂き、
 彼の疲労は少し回復し、笑顔も戻ってきました。



 90kmまで頑張った息子をみた店長仲間の涙に
 私もつられて我慢していた涙が...。



 この時点で、朝の10時15分ゴールまで残り10キロ
 ゴールに13時30分に到着しなければ
 タイムオーバーになる。
 残り距離を歩く速度から計算すると微妙な時間。



 息子を一緒に歩いて頂いた親子と息子を一緒に
 ゴールさせたい さらに強く思いました。
 しかし一緒に歩いて頂いた息子さんは、両手に杖をつかないと
 歩けないくらい疲労している。



 私は、90km地点での自分のサポートの業務が済み、
 店長仲間の協力で
 96km地点より、息子とその親子と一緒に歩くことが出来ました。


 あと4kmさらに残り時間が迫ってきました。
 タイムオーバーまで時間は、1時間45分!
 普通の状態なら、なんでもない距離と時間。



 でも、一緒に歩いて頂いた親子と息子はかなり疲労している。



 私が明るい話をし、気分を盛り上げ
 少し歩くペースを引っ張りました。


 でも、息子の疲れはピークに。
 この時、妻の電話で彼には、もう一度笑顔に。
 彼と妻との会話は、
 妻: 「帰ったら、何食べたい?」
 息子:「焼肉♪」
 たったこれだけの会話で、彼にパワーを与える
 母と息子の絆、母の力を大きく感じました。



 最終チェックポイント97km。
 またたくさんの店長仲間が待ってくれる。
 

  
 あとは、100km名物ビクトリーロードを言われる
 海岸沿いの長い道、これが実は辛い!


 
 でも97kmチェックポイントで休憩していたら、
 タイムオーバーしてしまう、私が選んだ選択は
 休憩なしで100km歩け歩け大会ゴールに向かう。



 一緒に歩いていた親子から、息子はアイスクリームを頂き、
 食べながらゴールを目指す!!



 長い海岸沿いの道、一緒歩いてきた親子も息子も
 500mくらい歩いてはちょっと座り、
 また歩いてはちょっと座り。



 でもこの時、たくさんの店長仲間が出迎えに来てくれる
 


 ようやく念願のゴールが見える!



 さらにたくさんの仲間が、息子を待っていてくれる。
 いっぱい、いっぱいの店長仲間が
 でも私は、涙でみんなの顔がよく見れていませんでした。(ゴメンナサイ)



 ついに一緒に歩いて頂いた親子と息子と4人でゴール!!
 (100km歩け歩け大会制限時間15分前)
 

 
 ゴールした息子の足には、60kmでサポートして頂いたという
 テーピングがありました。
 彼の100キロ完歩は、本当にたくさんの方の気持ちが
 形になったものだと思います。

 
 今回の100キロ歩け歩け大会は
 きっと息子の人生の中で、大きな自信と宝物になったと思います。

 

 来年、息子は中学3年になり受験を向かえることになり
 いろんな苦しいことがあっても頑張ってくれたら思います。


 今回の大会を通じて、私自身もすごく刺激を受けて
 この経験を生かして、毎日を過ごしていけたらと思います。

 
 大会主催の方、お世話になった方、すべてに感謝申し上げます。
 皆さんありがとうございました。
 心より御礼申し上げます



  
 追伸:今回残念ながら、70キロでリタイアした
    スタッフのYくんもうちの家で焼肉打ち上げで
    大いに盛り上がりしまいた!



2006年第一回北海道100kmに参加したときの感想分もご紹介いたします。



    そこには、美しいものがあった。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


  確かに、ディズニーランドは、楽しい。

  でもそれは、人が作ったイマジネーション...。


    
    北海道の大自然、心のふれあい


  
  きっとそれは、なんの汚れもない美しいものでした。


  
  大会当日朝、まさに恵みの雨が降っている。
 (三河の大会では、雨の方が得るものが多いといっていた)

   
  
  参加される方は、当然最初の大会で不安で


  いっぱいの顔をしている。



     考えてみた。


  サポートの私ができること。

  
  元気な挨拶 と 笑顔 だけだった。



    そして、いよいよスタート♪
 


  ・10km 20km まだまだ、余裕の歩く方。


    
      夫婦、親子で歩く姿をみた。


  
  ふと自分の家族を想いだす。


  受験を控えた長女、長男、お土産を楽しみにしている次男。

  
  笑顔で送り出してくれた奥さん。



  
  ・30km 40km 少し笑顔が、すくない歩く方。  
     

    
      一緒にサポートをしていた方をみた。


 
  誰も、仕事の話なんてしない。


  考えているのは、歩いている方にどんなお手伝いができるのか。


  歩いている方をみると、うれしくなる。

  
  疲れている人をみると、マッサージをしたくなる。
     

  
  
  ・50km 60km ほんとに疲れている歩く方。



       北海道の自然を観た。


  摩周湖、摩周岳。

  
  まさにこれほどの自然が日本にあることをうれしく想う。


  でも、休憩ポイントには、

  
  疲労がピークに達した歩く方が次々と...。 

  
        サポートの方も若干疲れている。


  なんとかみんながゴールしてほしい。

    
  サポートで車での移動中も、歩いている方をみると


  掛け声も大きくなる。


  最初は、顔も名前も知らなかった歩く方への親しみが湧く。


  このとき、私の中でひとつの気づきが生まれる。


        自分が役に立ちたい。

 
  こんなこと、考えたことがなかった。


  ちょっと自分のことを考えてみた


  子供の頃、学生時代、会社勤め頃、ネットショップを始めた頃。

  
  まだまだ足りない自分に気づく。



  ・70km もう限界の歩く方。


       
       歩く方の笑顔が消えていく。

    
       サポートの全員の想い。 

 
   
  さらに自分が役に立ちたいと強く想う。


  この疲労の限界まで、きてる人をゴールまで、 


  この一念だけで、マッサージをすること、


  元気のでる話をすること。

 
  心の中で、何度も繰り返す "がんばれ!"




  ・ゴール!    


   次々と、

   心からゴールして欲しいと想った方々が

   ゴールしてくる。



       涙が止まらない


         
   ゴールされた方が、私たちサポートのところに

   挨拶に来られる。


            
       涙が止まらない



   "ありがとう"と声をかけてくれる。

   握手をしてくれる。

   

       私は、見つけた。



   本当に美しいもの。


   それは、お金や名誉では手に入らないもの。


   参加したものにしか分からない。


   サポートで参加を決めたとき、   

   
  "どうしてサポートで北海道の100kmへ行くの!?"
        

   私に聞く方が何人もありました。


   その答えは、私にも正直、明確には答えられませんでした。


     
   でもサポートが終わった今は、お答えができます。



2005年に、初めて三河の100km歩け大会の感想もご紹介させて頂きます。



     ■100km そこにあるもの■


笑顔があった。
スタート雨のグランド。誰かが言っていたまさに恵みの雨。
                                  ~~~~~~~~~~~~~~~  
       
子供の頃から遠足は雨。運動会は雨。
大人になってもゴルフは、70%の確率で雨。
やはり...。
ここでマイナス思考になるのか。
いえいえ、こんな時、長嶋茂雄氏の言葉が
"プレッシャーを楽しむ"


100kmあまりにも長い。
私の家から、大阪まで往復してもまだ半分足らない。
100km メートルに直すと100000m 歩幅を70cmとすると
142857歩 そんな長い距離もちろん歩いたことはない。
ここでマイナス思考になるのか。
大会に参加することを同じ職場の人間や家族にしゃべっている。(>。<)ヽ
特に思春期の長男には
"親が、あきらめず頑張る姿を見せたい"


そんなことを想い、
私の第10回三河チャリティー100km歩け歩けは始まりました。


ゼッケン番号 337 
う~~ん、とっても番号♪
三・三・七拍子♪ 聞こえてきませんか・・・?
ゼッケンには"ありがとう"と書かれている。


そう、今回は、"ありがとう"を大きな声で。


スタート見送りに来てくれた方。
サポート地点で待っていたくれた方。
通りすがりの車から声を掛けてくれた方。
苦しかった時、赤い点滅灯を持って案内してくれた警備の方。
見ず知らずなのに、いっしょに歩いてくれた方。
ゴールで暖かい拍手で迎えてくれた方。
一緒に"バンザイ"をしてくれた仲間。
私が歩いている時に代わりに仕事をしてくれたスタッフ。



   ........."ありがとう"


81kmを過ぎた時、私の疲労はピークになっていました。
気持ちは、前に、前に。
でも、スピードが上がらない
たぶん、速度は時速4kmを下回っている。
いつもは夜12時には、布団の中にいる私にとっては、
疲れと睡魔との闘いでした。
ニ度ほど歩きながら、意識が遠のく(歩きながら多分寝ていました。)


  もうここまでか...。


早くお風呂に入って、フカフカの布団でグッスリ眠りたい。


  あっ、これだ!!!!!!!! 


私がお客様にお届けしないといけないのは!!
(私は、布団屋さんです。)
疲れた時、気持ちまで安らぐような。
寂しい時、心まで暖かくなるような。
悲しい時、明日に夢がつながるような。
そんな布団や枕をお客様へ届ける。
そして、"ありがとう"を頂ける仕事を続ける。


  もう少し頑張ろう。


90kmまで来たっ。
ここで、100kmを振り返ってみた。
走馬灯のように、画像がよみがえる。
愛知大学を通過した時、自分の大学時代の頃を思い出す。
若さとプライドだけだった。
街灯もない道を歩くとき、マラソン選手が
"あの電柱まで走ろう"と言った言葉も思い出す。


  そうだ、ここで"ありがとう"を言おう。


今まで、支えてくれた方に。
そして、あと10km これを自分の人生のターニングポイントにしよう。
体は疲れていたが、気持ちは疲れていない。

   
  一歩 一歩。


ビクトリーロードを言われた海岸線は、最後の試練を与えるような
アゲインスト(向かい風)が私を襲いました。


  最後のゴールが見えたとき、そこには
  大きな足跡と笑顔がありました♪



きっと私のゴールには、たくさんの方の支えと
残念だけ途中でリタイアされた方の想いがあった気がします。


  "なんで100km歩くの!?"


最初は、私自身も恥ずかしながら、そう思っていました。
でもその答えを私は見つけました。


この大会は、チャリティーで主催されていますので、
私達、参加者費用の一部がチャリティーとして、
困っている人々のお役にたちます。


  もし、ターニングポイントをお探しなら、
  いい機会かも。


100km完歩するのも、途中リタイアするのも
同じくらい勇気と努力がいることだ感じます。


今回、大きな大会で約400名の方が参加されたと聞いています。
ほぼ同時にゴールした方が、別れ際に、


  "来年は、サポート(伴走)でいっしょに♪"


私の100km歩け歩けは、今スタートをした感じです。


  "なんで100km歩くの!?"


言葉ではわかっている。
でも心からわかっていないと意味がない。



  .........最後にすべてに"ありがとう"
  



    第10回三河チャリティー100km歩け歩け に参加させて頂いて。
    平成17年10月31日(月)



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